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陸水学雑誌第62巻1号abstract

河川の水質を制御する環境要因 ―取水堰下流で再生した石手川の場合―
森 雅佳・香川 尚徳
摘要
 愛媛県下を流れる石手川上流部では、出水時を除いて取水堰で河川水が全て取り去られており、堰の下流では地下水の湧き出しによって河川が再生している。 この堰下流で、河川の水質を制御する環境要因を検討するために、堰の下流2.4km地点で1992年1月から1997年12月まで毎月1回10時から14時までの間に水質調査を行った。 平水時の51試料について因子分析を行った結果、河川水中の溶存物質は主として4つの因子によって制御されていた。 第1因子は全変動の22.4%を説明しており、Ca2+及びMg2+の濃度とCB−CA、すなわち強塩基イオン濃度の和から強酸イオン濃度の和を減じた値(HCO3濃度の指標)と正の相関を持った。 第1因子の因子得点は流量と負の関係を示し(r=−0.618、p<0.001)、Ca2+及びMg2+の濃度は流量によって制御されていた。 第2因子はCB−CA、Na+濃度、K+濃度と正の相関を持ち、全変動の17.4%、第3因子はSO42及びClの濃度と正の相関を持ち、全変動の15.4%、そして第4因子はpHと正、NO3濃度と負の相関を持ち、全変動の13.3%を説明した。
 次に、Ca2+とMg2+の挙動の差異について重回帰分析で検討した結果、両イオンの濃度がともに流両の負の相関を持つとともに、水温がCa2+濃度に対して正にMg2+に対して負に作用し、結果として、Ca/Mg比が水温と正の関係を持つことが認められた。

キーワード:因子分解、河川、カルシウム、マグネシウム、制御要因

富栄養化した汽水湖沼における高水温・貧酸素時の堆積物からの溶存有機態リン(DOP)とリン酸の溶出
神谷 宏・石飛 裕・井上徹教・中村由行・山室真澄
摘要
 富栄養化した汽水湖である宍戸湖において、湖底堆積物からリンフラックスを連続培養式の実験装置を用いて高水温・貧酸素条件下で測定した。 その結果、高い溶存有機態リン(DOP)フラックスが測定され、実験初期にはこのフラックスはリン酸態リン(PO4-P)フラックスと同程度の高さを持ち、また、DOP フラックスのPO4-Pフラックスに対する比率は時間とともに次第に低下することが明らかとなった。同時期に行ったフィールド調査でのリン濃度の時間変化から、堆積物から溶出したDOPは水中において速やかにPO4-Pへ分解されることが確認された。 故にDOPの形態で溶出したリンも湖水中の植物プランクトンに再利用されることが明らかとなった。 堆積物からの溶出をPO4-Pの形態のみで測定することは、その負荷量を過小評価していることが明白となった。

キーワード:溶出、溶存有機態リン、リン酸態リン、宍戸湖

秋田県雄物皮扇状の湧水流におけるババホタルトビケラの生活史
青谷 晃吉・野崎 隆夫
摘要
 秋田県雄物川扇状地において、小さな湧水流に生息する携巣性のババホタルトビケラ Nothopsyche babai Kobayashiの生活史について調査した。 この種は、晩秋に羽化期を持つ年1世代である。 初冬から初春にかけて孵化した幼虫は、水底の落ち葉や礫の表面に付着する藻類を摂取し、春から夏にかけて急速に成長したのち、終齢幼虫が成熟すると水中で発育を休止し岸際のコケの下や高等植物の根際で夏眠する。 その後、周年的に起こる秋の水位低下によって陸上になった場所で孵化し、羽化する。 若齢幼虫の発育に大きなばらつきが見られるものの、蛹化や羽化は短期間に集中している。 また、夏眠する際、近縁種のように積極的に陸上に移動しない。 調査した2地点間で、4・5齢幼虫の固体サイズに有意差がみられる。 これら、生活史の時間的場所的変異について、環境条件などど関連させ、議論した。

キーワード:湧水、ホタルトビケラ属、ババホタルトビケラ、生活史、夏眠、場所的変異

砂モデル実験による海岸地下水の非定常挙動
井上 国光・柿沼 忠男
摘要
 本研究は砂を詰めた実験水槽を用いて、上流部の淡水水頭を急変させた場合と海岸部で潮汐変動を与えた場合の両者について実験を行い、被圧帯水層底面付近の濃度分析はc/cs=0.5(ここに、c, csは地下水及び海水の塩の濃度)より高濃度領域では水平方向の濃度匂配が小さく、逆にc/cs =0.5より低濃度領域では濃度匂配が大きいことが分かった。 しかし、後退時にはこうした非対称性はほとんど見られない。 次に、潮汐影響下での非定常挙動を調べた結果、種々の周期や振幅の潮汐に対して、海水位変動に比べて塩水楔の長さと高さには位相の遅れがみられ、長さのほうがより遅れが大きかった。 また、塩水が最も侵入するのは海水位が下げ潮時の平均海面に達する時刻であり、この時刻に濃度の遷移領域が最も広がった分布となった。 以上の知見は、数値解析による結果に一致するものである。

キーワード:塩水侵入、地下水、潮汐変動、砂モデル実験

多摩川水系におけるコガタシマトビケラ属(Cheumatopsyche; Hydropsychidae)幼虫の分布と環境要因について
林 義雄・町田 和俊・尹 順子
摘要
 多摩川水系におけるコガタシマトビケラ属の分布状況と環境要因との関連について調査した。 標本および調査地点の環境測定値は、東京都(1994〜1999b)で使用したものを用いたが、標本については種までの再同定を行った。 本水系にはコガタシマトビケラ、ナミコガタシマトビケラ、サトコガタシマトビケラの3種が分布していた。 しかしサトコガタシマトビケラについては1地点から3個体得られたのみであった。 それに対し、他の2種の密度は高かった。 ナミコガタシマトビケラは上流側に広く分布し、コガタシマトビケラは下流側において広く分布していた。 垂直分布の重複域は、標高100〜150mの範囲に見られた。 この重複域では、コガタシマトビケラの生息する地点のBODやCOD、そして生物学的汚濁指数(Pl)は、ナミコガタシマトビケラの生息する地点よりも高かった。 最終的に、これら2種のコガタシマトビケラ属幼虫の分布を規定する要因としては、水温と水質が重要であると推察された。

キーワード:コガタシマトビケラ、トビケラ目、多摩川、生物指数、水質

パイプ方式による潮通しが閉鎖された中海本庄水域の魚類及び甲殻類相に与えた影響
平塚純一
摘要
 1998年3月、農林水産省は中海の北西側の干拓予定地、本庄水域の水産利用を検討するため、中海北部に近い北部承水路と本庄水域の間に2本のパイプを通して1年間にわたる潮通し実験を実施した。 この潮通し期間中とその前年の漁獲状況の季節変化を、本庄水域と中海西部を主とする中海本体について比較検討した。 通常は境水道から西部承水路を経由して本庄水域へ季節的に回避するヨシエビMetapenaeus ensisや沿岸性海産魚の本庄水域への侵入状況などは、パイプ設置以前と以後とで顕著な差は認められなかった。 この事から、それらの生物が境水道から北部承水路の潮通しパイプを経由して直接本庄水域に移動した可能性は低いと判断した。 さらに、ここまで得られた魚類と甲殻類の漁獲状況のデータにもとづき、水産利用を検討するという本来の調査目的を果たすためには、潮通しの規模を拡大して別の場所で実施すべきことを提案した。

キーワード:潮通し実験、魚類相、本庄水域、中海、宍戸湖

現世の「大型鰓脚類」の分類
長縄秀俊
摘要
 甲殻類、鰓脚綱のうち、「大型鰓脚類」(ホウネンエビ目、カブトエビ目、カイエビ目、タマカイエビ目)の分類に関する資料を報告した。 既存の分類体系における「大型鰓脚類」の位置付けについて概論を述べたうえで、日本の「大型鰓脚類」相について最近の知見にもとづき整理した。 Brtek (1997)のりストを改訂して、現世の「大型鰓脚類」全体について科および属レベル・タクサまでのリストをまとめた。 日本の「大型鰓脚類」相は8科8属11種(ホウネンエビ目3種、カブトエビ目3種、カイエビ目4種、タマカイエビ目1種)で構成され、キタホウネンエビDrepanosurus uchidaiLynceus biformisを除くすべての種が、大陸の共通種である。

キーワード:「大型鰓脚類」、ホウネンエビ目、カブトエビ目、カイエビ目、タマカイエビ目、分類リスト



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